(%紫点%) 前期講座(文学・文芸コース)の第8回講義の報告です。
・日時:5月30日(木)午後1時半〜3時半
・場所:すばるホール(3階会議室) (富田林市)
・演題:説話の魅力
・講師:下西 忠先生(高野山大学教授)
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(%エンピツ%) 講義の内容
1.説話とは何か
説話とは、短いはなし、ものがたりの類である。説話を集めたものを「説話集」と言う。説話を素材とし、文学的な内容や形態まるをそなえたものを説話文学という。文学ではそこには、はなしそのものに珍しい事実、奇異なる事実でなければ説話化することはない。説話の「いのち」は、はなしそのものに内在する意外性にある。
[説話集]
『日本霊異記』(平安初期の仏教説話集。日本最古の説話集)、『今昔物語集』(1120年頃)、『発心集』(鴨長明)(1216年以前)、『宇治拾遺物語』(1242年以後)、『十訓抄』(1252年)、『古今著聞集』(橘成季)(1254年)、『沙石集』(無住)(1283年)など
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2.説話を読む(抜粋)
○ 「児のかいもちするに空寝したる事」:『宇治拾遺物語』巻一の十二
*右の資料を参照。
*この説話は、高校一年の教科書に採用。
【要約】
これも今は昔、比叡の山に修行見習いの少年がいた。僧たちが夜の退屈しのぎに「さあ、ぼたもちでも作ろうか」と言ったのを聞いて、この少年は期待した。しかしながら、できあがるのを待って、寝ないのはよくないと思って、たぬき寝入りをしていると、どうやらできあがったらしく、がやがやとみぎやかになった。…少年は、きっと起こしてくれるはずだと待っていると、僧が「もしもし、目をさましなさいよ」というのを、うれしいなと思ったものの、たった一度で返事をしたのでは、いかにも待っていたように思われるので、もう一度呼ばれてから返事をしようと、起きたいのを我慢して寝ていると、「おい、せっかく寝ているのだから、起こさないほうがいい。」という声がしたので、いま一度起こしてくれないかなあと思いながら、眠っているふりをして耳をすましていると、むしゃむしゃと盛んに食べあっている音が聞こえてくるので、とうとう待ちきれなくて、やむをえず、ずいぶん時間がたってから、「はあい」といったものだから、僧たちは大笑いした。
《余白を読む》(説話の解釈のおもしろさ)
・僧たちは、少年がたぬき寝入りをしているのをいつ知ったか→早くから知っていたのではないだろうか。
・少年に謙譲語・尊敬語を使っているが、“からかっている”と思われる。
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○ 「悪逆の子の、妻を愛みて母を殺さむと謀り、現報に悪死を被りし縁」:『日本霊異記』巻三の三話
*右の資料を参照。
【要約】
吉志火麻呂は、武蔵国の人で、防人(さきもり)になって、三年たとうとしている。母は子について行って、妻は国にとどまって家を守っている。ところが、火麻呂は、妻とはなれてから、恋しくてたまらず、悪だくみして、母を殺して、その喪に服することで(母が死んだら、役をまぬがれて国に帰る)、妻と暮らそうとおもった。…母は、生まれつき善行にこころがけていた。子は母に、「七日間法華経を講義する集まりがあるので、お母さん、行きましょう」と、母は子にだまされて、山の中に入っていった。…子は、牛のような目つきで母をにらんで、「おまえ、地にひざまづけ」。母は、子をじっと見つめて、「何でそんなことをいうのか。おまえは鬼にでも憑かれたのか」。…子は、刀をぬいて母を殺そうとした。母は、子の前にひざまづいて言う。「木を植えるのは、木の実をとり、木陰に隠れるためです。子供を養うのは、子の力を借り、子に養われるためです。たよりにしていた木から雨が漏るように、どうして吾が子よ、思いかけず、おかしくなったのか」……悪逆の子は、母の首を切ろうとした、その途端に、大地が裂けてその中に落ち込んだ。母は、すぐに立ち上がって、地獄の底に落ちる子の髪をつかみ、天を仰いで、「この子は、憑き物にとりつかれてしたのです。どうか罪をお許しください」と訴えた。しかし、子は、ついに地獄の底に落ちる。…慈母、子のために法事を営んだ。母の慈悲は深い。不孝の罪はすぐにやってくる、悪逆の罪の報いは必ずあることが、これでわかる。
・防人(さきもり)制度…七世紀、白村江の戦いで敗れたのを契機に、筑紫の防備強化のために烽(のろし)の制とともに設置された。防人にはこの火麻呂のように東国の人が当てられた。任期は三年。選ばれた防人は家族と別れ、しかも自費で東海・東山道を下り、難波津から船で筑紫におもむいた。防人と残された家族の辛苦は並大抵のものではなかっただろう。
・「不孝の人は、必ず地獄に堕ち、父母に孝養すれば浄土に往生する」という仏教説話で因果応報の原理が説かれる。