芭蕉『奥の細道』の旅空間

(%紫点%) 前期講座(文学・文芸コース)の第10回講義の報告です。
・日時:6月20日(木)午後1時半〜3時半
・場所:すばるホール(3階会議室) (富田林市)
・演題:芭蕉『奥の細道』の旅空間
・講師:根来 尚子先生(柿衞文庫 学芸員)
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**松尾芭蕉の略歴**
・寛永21年(1644)、伊賀上野に生まれる。
・29歳の時、江戸へ。34歳ごろ、宗匠として立机したか。
・37歳、深川の草庵に移居。門人より贈られた芭蕉の株を植える(芭蕉庵:俳号の由来)
・41歳で『野ざらし紀行』の旅をし、『鹿嶋詣』、『笈の小文』、『更科紀行』と旅を続けた後、元禄2年(1689)46歳の3月、『奥の細道』の旅に出る。
・永禄7年(1694)4月に『奥の細道』が完成。5月、51歳で再び行脚に出ますが、大阪で病を得て10月病没。
*右上は、「芭蕉・曾良行脚図」(門弟の許六筆)(天理大学付属天理図書館所蔵)

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(%エンピツ%) 講義の内容
1.芭蕉の紀行文論 『笈の小文』
芭蕉は、紀行文の在り方について、『笈の小文』の中で、考えを述べています。
・「紀行文は、“その日は雨が降り、昼ごろから晴れて、どこそこに松が生え、あそこに何という川が流れていた”というような事実の羅列であってはならず、「黄奇蘇新」の詩にみられるような珍しさ、新しさがなければならない・・・また、“旅は、その時々に従って気分を転じ、その日その日に心持を変えて新しくする。旅中で、風雅を解する人に出会った時は、この上なく嬉しい気がする。」
・芭蕉の旅は、「風雅を求めての旅」。
・芭蕉の紀行文は、素材の取捨、前後の配列に細心の注意を払い、時には思い切った虚構を試みている。
・黄奇蘇新…中国の詩人、黄山谷(こうさんこく)・蘇東坡(そとば)の詩にみられるような珍しさ、新しさのこと。

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2.『おくのほそ道』を詠む
☆「芭蕉が門人の河合曾良をともなって、みちのくへの旅に出たのは、元禄2年(1689)3月27日(陽暦5月16日)のこと。その時、芭蕉46歳、曾良41歳。現在の東京深川から出発し、東北・北陸を巡り8月20日(10月3日)前後に一応の終着地である岐阜県大垣に着いています。その間約5ヶ月、全行程約600里(2400キロ)の旅でした」。
(1).序章・・・「月日は百代の過客」、「草の戸も」
*右は、元禄版「おくのほそ道」(元禄15年)の序章です。
①冒頭の「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也。・・・」は、李白「春夜宴桃李園序」の「夫レ天地ハ万物ノ逆旅ニシテ光陰ハ百代ノ過客ナリ。而して浮生ハ夢ノゴトシ」に倣ったといわれる。
・芭蕉の人生観=人生はすなわち旅
草の戸も 住かはる世ぞ 雛の家 (芭蕉)
・芭蕉は深川の草庵を売って旅費にあてた。この句を発句にした表八句の懐紙を家の柱にかけて、新しい住人への挨拶代わりにした。
・(句意)【この家に新しく入る家族には女児がいると聞く。殺風景な男所帯から、おひなさまを飾る、はなやいだ一家に変わるのだ。季語−雛(ひな)(春)】
・芭蕉の真蹟短冊には、中七を「住かはる世」とする。奥の細道の中の句として用いる時に「世」と改めたのだろう。

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(2).旅たち・・・「千住」、「草加」
①芭蕉は曾良を伴い、深川から船に乗り、『おくのほそ道』の旅に出発した。隅田川を上ったら、千住という宿場で船を下り、同行してきた見送りの人たちと別れる。
☆矢立の初め(旅たちの一句)
行く春や 鳥啼き魚の 目は涙」(芭蕉)
(句意)【過ぎ行く春を惜しんで、鳥まで啼き、魚の眼は涙でうるむ。見送る人々との惜別の情を、惜春の情に重ねて詠んだ句です。】
②草加という宿に着きにけり
・旅の第一夜は、やうやう草加の宿にたどりついた。痩骨の肩に掛けた荷物の重さが、先づ私を苦しめた。体一つで、身軽な旅をしようとしたのだが、紙製の防寒具、雨具・墨筆のたぐい、あるいは、なかなか拒めない餞別など、どうしても捨てるわけにはいかず、どうしようもないとあきらめた。
(注)『曾良旅日記』では、第一夜の宿は春日部(粕壁)となっている。⇒芭蕉は、(最初の日は春日部まで行ったが)「草加に宿した」と記したのは、【江戸への名残りを充分に惜しみつつ】、【「痩骨の肩にかかれる物」による苦しみからの遅々たる歩み】・・・ということで、旅の記のはじまりを“虚構”。

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○根来先生の「芭蕉『奥の細道』の旅空間」は、今日が第1回で、シリーズで行います。

柿衞(かきもり)文庫のご案内
・名称:公益財団法人 柿衞文庫
・住所:伊丹市宮ノ前2-5-20 電話:072-782-0244
・昭和59年(1984年)11月開館
・岡田利兵衞氏(柿衞翁)による俳文学資料のコレクション (岡田利兵衞氏は、明治25年(1892年)伊丹生まれ。家業の酒造業を継ぐとともに伊丹市長などの要職を歴任)
・芭蕉直筆の「古池や」の句短冊、柿衞本「おくのほそ道」などを含めておよそ1万点にのぼる貴重な資料を有する日本三大俳諧コレクション《*「柿衞文庫」、*「洒竹・竹冷文庫」(東京大学)、*「綿屋文庫」(天理大学)》の一つです。
夏季特別展「俳句と遊ぼう」−教科書で会う名句−(7月13日〜9月1日)