国宝『源氏物語絵巻』を読み解く〜柏木(二)を中心として〜

(%紫点%)後期講座(文学・文芸コース)(9月〜1月:全13回)の第2回講義の報告です。
・日時:9月11日(木)午後1時半〜3時半
・会場:すばるホール(3階会議室)(富田林市)
・演題:国宝『源氏物語絵巻』を読み解く〜柏木(二)を中心として〜
・講師:浅尾広良先生(大阪大谷大学教授)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
**『源氏物語絵巻』平成復元模写プロジェクト**
現存する『源氏物語絵巻』は十九図で、名古屋の徳川美術館と東京の五島美術館に所蔵されています。現存する作品は、色が褪せ、剥落が進み、当時の面影はない。平成11年から17年にわたり、「源氏物語絵巻・復元模写プロジェクト」で、できるかぎり原本と同じ素材・同じ技法で製作するという基本理念のもとに、十九図すべての絵巻が完成。→講義では、現存するものと復元模写したものを、比較しながら鑑賞します。

〇柏木(一)、柏木(二)、柏木(三)のあらすじ
・栄華をきわめた光源氏(准太上天皇=上皇に準ずる地位まで到達する)に、朱雀院(源氏の兄)の女三宮が降嫁する。光源氏は女三宮が全くの子供で興味が失せてしまう。一方、柏木は、桜の満開のころ、六条院(源氏の邸)で行われた蹴鞠の日に、女三宮を垣間見てしまう。柏木は女三宮への思いを募らせ、とうとう密通に至る。ところが、柏木の手紙が源氏に発見され、二人の密通は源氏の知るところとなる。まもなく女三宮は男子を出産する。女三宮は出家。柏木の容態はますます悪くなり、病いの床で、後悔に苛(さいな)まれている。親友の夕霧(源氏の長男)が柏木を見舞う。柏木は夕霧に後事を託す(源氏への取り成しと、女二宮(落葉の宮・柏木の妻)の世話を頼む)。そして、柏木は泡の消え入るようにして亡くなる。
・【柏木(一)】…女三宮、男子を出産する。朱雀院が下山し、女三宮を出家させる。六条御息所の物の怪が出現する。
・【柏木(二)】…柏木、夕霧に後を託して死去する。
・【柏木(三)】…若君の五十日の祝儀、源氏感慨に沈む。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(%エンピツ%)講義の内容
○柏木(二)-柏木、夕霧に後を託して死去する。
《要約》①「夕霧、柏木を見舞う。柏木の告白。」…夕霧は、柏木の病気を心配して見舞う。二人は幼少の頃から仲が好い。−【柏木】 (六条院(源氏)からの呼び出しで、朱雀院の御賀の試楽に参上したとき、痛烈な皮肉におののき、その視線を恐ろしく感じた。)(なんぞついでがありましたら、とりなしをしてほしい。私の亡き後でも、お咎めが許されるのでしたら、あなたのおかげです)。−【夕霧】(心の中で、あれこれと思い当たることがあるが、確かにこれと察知することができない。)(どうして、何に気を咎めておられるのか。六条院にはあなたが重く患っておられるのを胸を痛めておられる。このような悩みがありながら、今までお漏らしくださらなかったのでしょう。二人の間に立って事をはっきりさせてあげられたのに。)…(中略)。

②「柏木、後を夕霧に託して死去する。」…(中略)。【柏木】(よもやこんなに早く今日明日のことになろうとは、自分ながら先の知れない命を悠長に考えていたのも、あさはかなことで。どうかこのことは、決してあなたのほか誰にもお漏しくださいますな。)(また、一条にお住いの宮(柏木の妻・女二宮)を、なんぞことつけて見守ってあげてくだいさいますよう、よろしく取り計らいくだされ。)…(中略)。「女三の宮に対面なされず、泡の消えるようにして、お亡くなりになった。)

*(注)「泡の消えるやうに亡(う)せたまひぬ」の出所
★「水の泡の 消えでうき身と いひながら 流れてなほも 頼まるるかな」(古今集・729・紀友則)
(意訳)(水の泡のように消えずに浮いているように命だけは消えない憂き身であっても、水の流れるように生き長らえ、つらく泣かれながらも、やはり、あの人を頼りにせずにいられない。)〈「浮き」に「憂き」をかける。「水」の縁語の「流れ」に、「長らへ」の意をかけ、さらに「泣かれ」にもかかる。頼まずにはいられないことだ。)
★「うきながら 消ぬる泡とも なりななむ なかれてとだに 頼まれ身は」(古今集・827・紀友則)
(意訳)(浮いたまま消えてしまう意と憂き身のまま死んでしまう意をかける。)


○国宝『源氏物語絵巻』〜柏木(二)〜
・現存する柏木(二)は、色は褪せていますが、柏木(一)と同じようにかなり綺麗に残っています。これは、物語が不義・密通なので、『絵巻』を人にあまり見せなかったと思われる。(浅尾先生)。((注)現存するのは五十四帖のなかで十九図だけ。…よく読まれた『絵巻』は、破れたり、色が褪せたり、剥落したりして、残っていない。)
☆「復元模写プロジェクト〜柏木(二)〜」 (*右上のスクリーンを参照)
①全体が三つの画面から成り立っている。右側は、柏木に取り憑いた物の怪を調伏するための空間。中央は、病に臥す柏木が夕霧に後事を託す場面を描く。左は、几帳を隔てて控える柏木を世話する女房達。
横たわる柏木の周りには桜がちりばめられている。中央の壁代も桜柄、夕霧が着ているのも桜の直衣、御簾の奥まで桜の模様が見える。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
**あとがき**
◇柏木(二)の場面は、死にゆく柏木の周りに、桜を配することで、密通の発端になっった垣間見場面(満開の桜)を重ねて読むように仕組まれている。
◇「絵巻」には、物語に書かれていないことが描かれている。…「桜を周りに配する」、「柏木の傍らに世話をする女房」、「夕霧の着物(直衣の色)」など。
●亡くなるときの比喩
・柏木「泡の消えいるやうに…」
・藤壺「燈火などの消え入るやうに…」
・紫の上「消えゆく露の心地して…」