(%緑点%)前期講座(歴史コース)の第12回講義の報告です。
・日時:6月16日(火)am10時〜12時
・会場:すばるホール(3階会議室)(富田林市)
・演題:道元のもたらしたもの
・講師:加藤善朗先生(京都西山短期大学教授)
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**道元の略歴**
・1200年〜1253年。鎌倉時代の僧。日本曹洞宗(そうとうしゅう)の開祖とされる。
・正治2年(1200年)京都の久我家に生まれる(両親については諸説ある)。3歳で父を、8歳で母を失い、13歳で比叡山に入って修行。18歳の時、比叡山を下り、京都東山の建仁寺で栄西の弟子・明全(めょうぜん)に師事する。貞応2年(1223年)24歳の時、明全と共に入宋し、中国曹洞宗の如浄(にょじょう)のもとで修行。如浄の印可を受ける。安貞2年(1228年)に帰国。天福元年(1233年)京都深草に日本初の曹洞宗寺院として興聖寺を開く。寛元元年(1243年)京都から越前(福井県)に移る。1244年に大佛時を建立(1246年に永平寺に改める)。宝治2-3年(1248-49年)執権北条時頼、波多野義重らの招請により強教化のため鎌倉に下向。建長5年(1253年)没す。享年54歳。
・主な著書:『正法眼蔵』、『普勧座禅儀』など
・右上は、「道元禅師」(宝慶寺蔵)
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○日本の3つの禅宗(禅宗とは座禅を修行の根本とする宗派の総称)
現在、日本において禅宗は、曹洞宗・臨済宗・黄檗宗の三派がある。
・「曹洞宗」は、座禅こそが仏の実現であるとして、ただひたすら黙々と座る「黙照禅(もくしょうぜん)」である。道元を教義の祖、瑩山(けいざん)を宗門興隆の祖として両祖と呼ぶ。
・「臨済宗」は、座禅して公案(こうあん)と呼ばれる課題を考え、師といわゆる禅問答を繰り返し、悟りをひらく「看話禅(かんなぜん)である。栄西を開祖とし、白隠を中興の祖と呼ぶ。
・「黄檗宗」は、隠元隆琦を祖(渡来僧)とし、中国・明朝様式の伽藍建築や中国風の精進料理や、お経を中国語の発音で唱えるのが特徴。
○道元のもたらしたもの
◆道元の求法
道元は、比叡山での修業時代、「本来本法性 天然自性身」の一句に大きな疑問をもった。〈天台の教えでは、人は生まれながらにして、本来悟っている【本覚思想】はずなのに、なぜ厳しい修行をしなければ悟りが得られないのか〉という強い疑問があった。道元は比叡山を下りて建仁寺に入り、、臨済宗栄西の弟子・明全に師事、真の仏法学ぶために師弟ともども中国(宋)に行き、曹洞宗の如浄禅師のもとで修業。道元は《仏法の真髄はただ座ることにある。それを只管打坐といい、ブッダの仏法も自分の仏法も全く同一の仏法である》。26歳の時、「身心脱落」(身も心も一切の束縛から脱却した悟りの境地)する。14歳にして大乗仏教の中心思想が内包していた矛盾に目覚め、日本を離れ、正師を求めての求法の道は、ここにおいて一応の決着することになり、道元は如浄の法を嗣ぐことが許され、4年あまりの滞在を終えて帰国した。
★「只管打坐」(しかんたざ)
曹洞宗の座禅を端的に表現する言葉で、ひたすら座禅すること。座禅以外に何かを求めてはならない。(悟りを開くなどの明確な目的を持たず、何も求めずただひたすらに座るという座禅が曹洞宗の修行の基本とされている。)
◆「仏道をならふというは 自己をならふなり…」(『正法眼蔵』「現成公安」巻)
「仏道をならうというは、自己をならうなり。自己をならうというは、自己をわするるなり。自己をわするるというは、万法に証せらるるなり。万法に証せらるるというは、自己の身心および他己の身心を脱落せしむなり。」
(意訳)(仏道をならうというのは、自己をならうこと(本来の自己、自分自身を確実に把握すること)。仏教書を読んだり、祖師たちの遺した公案(禅問答)を参究することも必要であるが、そうしたことを離れて、只管打坐(ひたすら座禅すること)を根底として自分自身を究明することが「自己をならう」ということである。そして、そうした自己を忘れ去った姿こそが、「万法(現象世界の一切の存在ことごとく)に証せらるなり」。あらゆる存在が平等な存在であるということも見えてくる。自己と他者というような、とらわれた見方がなくなり、すべてが平等な存在として生かされていることが実感される。
*(注)『正法眼蔵』(しょうぼうげんぞう):道元の主著。曹洞宗の根本法典。宋から帰国後、1231年から示寂するまで生涯をかけて著した95巻に及ぶ大著。如浄(にょじょう)禅師より受け継いだ思想を独自に発展させた曹洞宗の真髄が書かれている。
◆「回光返照の退歩学ぶべし…」(『普勧座禅儀』)
「回光返照の退歩学ぶべし。自然に身心脱落して、本来の面目現前せん。」
(意訳)(前ばかり向いて歩かずに、ときに後ずさりして、自然と同化し自然と交流すること〈回光返照〉によって、身も心も抜け落ちたように楽になり、自然のもっている実相(本来)の面目が見えてくる。)
*(注)『普勧座禅儀』(ふかんざぜんぎ):中国から帰国した道元が、著した書。座禅の本義・心得・作法などが書かれている。日本で最初の座禅の指導書。従来の天台教学では、修行法の一つにすぎなかった座禅を、仏教の真髄として全面に押し出した革命的な書。既存の仏教教団の反発は大きく、比叡山からも圧迫が加えられる。
◇道元禅師の和歌「春は花…」
〈本来の面目〉
「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて冷しかりけり」
(意訳)(春には花が咲き、夏にはほととぎすが鳴き、秋には月が皓々と輝き、冬には雪が降り白々とあたりが冴えわたる、あるがままのあるがままの世界。)
・1968年ノーベル賞を受賞した川端康成が、その受賞に際して、「美しい日本の私」と題して講演しました。その冒頭で、「春は花・・・」を引いて、道元禅師のこの歌を紹介しています。この講演以後、道元の和歌は、日本の美しい自然のあるがままの姿を作為なくあるがままに詠った和歌として、一躍有名になった。
・道元は、禅の本質は言葉では表現できない(教外別伝・不立文字)と説きつつ、『正法眼蔵』のような難解で深遠な書物を著わすとともに、「春は花…」のような和歌を詠んで、禅の世界をわかりやすい形で表現しようとした。
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○「連絡事項」
・7月7日(火)午後1時〜3時:高野山・報恩院での講義「弘法大師入唐の風景」について
当日は、近藤堯寛先生の著書『弘法大師を歩く』をご持参ください。
(尚、本書は売り切れてありません。)