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・日時:10月12日(木)午後1時半〜3時半
・会場:すばるホール(富田林市)
・講師:浅田隆先生(奈良大学名誉教授)
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**森鷗外「略年譜」**[文久2年(1862)〜大正11年(1922)]
・1862年島根県(石見国)津和野生まれ。森家は津和野藩代々の御典医の家柄。鷗外は長男。本名・林太郎。軍医、翻訳家、戯曲作家、詩人、歌人。
・1881年(明治14):(19歳)。東大医学部卒業、陸軍軍医になる。1884年から1888年にかけて、ドイツに留学し、衛生学などを学ぶ。帰国後は軍医として従事するかたわら文学活動(文学の啓蒙・批評、欧州文学の翻訳、歴史研究、詩・短歌)。
・1907年(明治40):(45歳)。陸軍省医務局長、陸軍軍医総監(軍医の最高位に就く)。
・1922年(大正11):7月9日死去。享年60歳。
◇鷗外の代表作
・1890〜91年:初期三部作…『舞姫』『うらかたの記』『文づかひ』
・『ヰタ・セクスアリス』(1909年)、『青年』(1910年)、『阿部一族』(1913年)、『山椒大夫』(1915年)、高瀬舟(1916年)、『即興詩人』(アンデルセンの翻訳)他。
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〇『舞姫』の梗概(あらすじ)
短編小説。鷗外の文壇処女作。明治23年(1890)1月「国民之友」に発表。
・主な登場人物…「太田豊太郎」(主人公。将来を嘱望されたエリート官僚。ドイツに国費留学生として3年間過ごしている。モデルは鷗外自身とされている)。「エリス」(下層階級に育った、ヴィクトリア座の踊り子。16,7歳)。「相沢謙吉」(豊太郎の友人)。「大臣−天方伯爵」
**「母一人、子一人の秀才太田豊太郎は選ばれてドイツに留学。自由な雰囲気に触れて近代的自我に目覚めた。踊り子のエリスが父の葬式を出す費用がなく困苦しているのを救ったことから、以後交際する。二人の関係は清白であったが仲間からの讒言にあって免職。異郷で孤独になった豊太郎はエリスと同棲し、生活費を工面するために、通信員という職を得た。エリスはやがて豊太郎の子を身ごもる。親友相沢謙吉の紹介で、大臣のロシア訪問に随行し、信頼を得ることができた。豊太郎は出世の道が開け、日本に帰るか、自分の子を身ごもっているエリスを選ぶか迫られる。豊太郎は心労のため倒れてしまう。数週間後に豊太郎は回復するが、今度はエリスが気が狂ってしまう)。…豊太郎は狂人となったエリスをドイツに残して天方伯に随って帰国する。
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〇《舞姫 本文》
◆冒頭文
「石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと静にて、織熱燈の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜毎にここに集ひ来る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて、舟に残るは余一人のみなれば。…(省略)」
・冒頭文は、主人公でドイツに留学した官吏・太田豊太郎が、帰国途上のセイゴン港に停泊した船中で、回想録の形で綴る。
◆自我の覚醒
「豊太郎は、早く父に死に分かれ、母の手で育てられ、大学の法学部を首席で卒業し、そのまま官僚というエリートコースに進み、やがてその働きが認められて、ドイツ留学。留学生活が三年を経た時点で、自由なる大学の風に当たれば、他者の期待や欲求に合わせて生きてきた対他的自我が、対自的に向い始め、豊太郎は変貌し始め、受動的な自己を揺さぶる。」
◆エリスとの出会い。讒言・免職。
「豊太郎は、ドイツに行っても真面目な堅物で、留学仲間のように盛り場で飲んだり、ビリヤードで遊んだりすることがなかったので、妬まれていた。…ある日、豊太郎が町を歩いていると、寺院の前で、涙に暮れる美少女エリスと出会い、心を奪われる。父の葬式代を工面してやり、以後、交際する。…エリスと豊太郎は清い付きあいでしたが、踊り子との交際は、仲間の讒言(ざんげん)によって、豊太郎は免職される。」
◆ひたむきなエリス。
「友人、相沢の仲介で、新聞社の通信員の仕事を得ることができ、エリスと豊太郎は同棲して、貧しくとも幸せな日々を送る。…エリスはやがて豊太郎の子を身ごもる。…豊太郎は、ロシアに赴く天方大臣に随行し、信頼を得ることができた。…長いロシア滞在から帰ってくると、エリスは嬉しそうに豊太郎を出迎え。〈ほら見て、準備はバッチリでしょう〉とエリス。テーブルの上にはレースの産着や木綿のオムツが積まれていた。〈私がどれだけうれしいかわかる?。産まれてくる子は、あなたに似て黒い瞳をもっているよ〉。」
◆彽徊(ていかい)豊太郎…思案に深ける豊太郎
「2・3日後、大臣の呼ばれると、一緒に日本に帰って君の才能を活かしてみないか」と言われ、”はい”と言ってしまった。…帰りてエリスに何とかいわん。心労で人事不生に陥る。」
・豊太郎にはエリスを想う心はあるが、帰国して立身出世をしたい。
◆結論(判断)の留保
「豊太郎が意識を失っている間に、相沢が家を訪れて”豊太郎はエリスと別れて日本に帰るつもりだ”とエリスに話をした。それを聞いたエリスは、衝撃のあまり発狂する。そして、それ以来、二度と以前のエリスに戻ることはなかった。エリスに後ろ髪を引かれつつ、豊太郎は日本に帰国。」
*終章の一文「ああ、相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我が脳裡に一点の彼を憎むこころ今日までも残れりけり。」→豊太郎は相沢を憎んではいない、相沢の行為は仕方がないと受け止めていた。しかし、運命の関わる大事なところで、「弱き心」に征服されてきた。その心が、敢えて非人間的な行動を犯させた。しかも、この回帰の背後を、相沢謙吉へ転嫁している。
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**あとがき**
・日本人留学生とドイツの一少女との悲恋を描いた『舞姫』。豊太郎は西洋女性との恋を成就できずに終わってしまった。いざという時に豊太郎は裏切り。豊太郎はエリスか出世かの選択で日本を選ぶ。
・明治前期の知識人たちは、西欧の物資文化を摂取・導入することで、近代国家建設を宿命づけられていた。当時の明治国家において、自由・平等・愛や美のこころなど不要であった。(また、当時、外国人の女性との結婚は難しく、家中で反対された。)
*(エリス来日問題)−鷗外を追って来日した、「舞姫」のモデル(エリーゼ・ビーゲルというドイツ女性)を説得して、帰国させた。