『万葉集のおもしろさ』

(%紫点%) 後期講座(文学・文芸コース)の第5回講義の報告です。
・日時:11月1日(木)午後1時半〜3時半
・場所:すばるホール(3階会議室) (富田林市)
・演題:「万葉集のおもしろさ」
・講師: 坂本 信幸先生(高岡市万葉歴史館館長)
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(%エンピツ%) 講義の内容
*講義の前半(約1時間)は、DVDで「万葉集への招待」(NHKBS-hi/平成21年1月1日放送…坂本先生出演)を観賞
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○[万葉集とは…]
・万(よろず)の言(こと)の葉。7世紀から8世紀の歌を集める
・あらゆる階層(天皇・貴族から下級官人・庶民・防人など)の人々の歌-約4500種
・日本文学のふるさと…日本の黎明期に成立したもっとも古い歌集
・謎が多い(成立・編纂時期は不明?)。いまだ、約20首が解読できていない。
・原文は漢字(音と訓)で表記-万葉仮名

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1.万葉歌ベスト10 (番組で選ばれたベスト10です。下記の四つの歌はその中から抜粋した歌です。)
【9位】
☆ 「銀も 金も玉も なにせむに(まさ)れる宝 子に及(し)かめやも」(山上憶良)( 5巻802)
(歌意)[金(くがね)も銀(しろがね)も珠玉も、どうして子に優る宝といえよう、子にまさろうや]
◇右の「子等を思う歌一首」…長歌(5巻801)と反歌(5巻802)を参照して下さい。
・「長歌」があって「反歌」…反歌は長歌の主題を反復強調したり、補足、発展させる歌
・子をもつことの喜びと苦しみを歌っています。子は、たまたまこの世で出会った縁にすぎないのに、なぜこんなに心を捉えてしまうのか。 ⇔ 「いづくより 来(きた)りしものそ」(どこからやってきたものか)は、仏教的な世界観にもとづきます。
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【5位】
☆「田子の浦ゆ うち出でてみれば ま白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける」(山部赤人)(3巻318)
(歌意)[田子の浦を通って うち出(い)でてみれば 真っ白に 富士の高嶺に 雪が降っている]
「うち出でて見」…視界が遮られた所から、急に広々とした所に出ることをいう。赤人は、雪で輝く富士の高嶺の景は、「うち出でて見」た瞬間に見出された景として印象を強めている。
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【3位】
☆「(あらた)しき 年の初めの 初春の 今日降る雪の いや頻(し)け吉事(よごと)」(大伴家持)(20巻4516)
(歌意)[新しい年の初めの正月の今日降る雪のようにもっと積もれ良い事]
・“歳旦立春”(「元旦」と「立春」がかさなる日。19年に一度しか出現しないめでたいめぐり合わせの日)の「今日」の日のめでたさと、豊年の瑞兆たる「雪」のめでたさを詠み重ね、「いやしけ吉事」と良きこと幾重にも重ならんことを願う。
・言霊信仰…めでたいことを言葉を発すると、よいことが返ってくる。
・この歌は、『万葉集』全20巻の最後を飾る有名な歌です。

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【1位】
*額田王の作る歌
「あかねさす 紫草野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」(額田王)(1巻20)
(歌意)[(あかねさす)紫草野(むらさきの)を行き、 標野(しめの)を行って、野守が見ているではありませんか。あなたが袖をおふりになるのを)
・「あかねさす」…紫色には赤味がさしているところから「紫」の枕詞
・「紫草野行き 標野行き」…繰り返した表現でリズム(移動感・躍動感)がうまれている。標野は、一般の立ち入らないように標(しめ)を張って宮廷直轄地として管理している野で、紫草野と標野は同じ場所のこと。
・「野守」…野の番人
・「袖振る」…招魂を表す(額田王の魂を引き寄せる)

皇太子の答ふる御歌
「紫草の にほへる妹を 憎くあらば 人妻故に 我恋ひめやも」(大海人皇子)(1巻21)

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2.【1位】の歌は、三角関係の恋の葛藤の歌か、宴席の座興か
いままでの通説
三角関係の恋の歌
・額田王をめぐる天智天皇(中大兄皇子)と天武天皇(大海人皇子)の争い
・【1位の歌】は、かつて夫婦であり、十市皇女という子までなした額田王と大海人皇子が密かに交わした恋歌だという。
宴席の座興の歌
・年齢はすくなくとも40歳になろうとしている額田王に「紫のにほへる妹」とはオーバーであろう。宴会の機智的なやりとりだ。(池田弥三郎)
坂本先生の検証
(1)「額田王」の年齢は?
・年齢の想定は難しいが、40歳に近い年齢。 → 現代の年齢に換算すると60歳に近い年齢。
(2)紫のにほへる妹
・万葉集における「紫の」と「にほふ」という表現の調査 ⇒ 「紫色の照り映える妹」ではなく、 「紫草の美しく照り映える妹」 である。(坂本先生)
・(注)「紫草」…ムラサキ科の多年草。6月から7月頃に丘の草地に白い花を咲かせる。根は暗紫色。古くから紫色の染料として用いられてきた。万葉集には、紫草そのものを詠んだものと紫色のイメージを詠んだものがある。
(3)天智七年五月五日は、太陽暦では6月22日になる。まさに紫草の開花している頃
(4)三角関係という深刻な恋を歌った?
・密かな恋(深刻な歌)を、堂々と万葉集に載せられたのか
・なぜ、編纂上、巻一の「雑歌」の部に収められたのか。恋の歌なら「相聞」の部に収められるべきであろう。
現在の説
・この浦生野(かまふの)贈答歌は、天智天皇の主催する五月五日の遊猟(みかり)の後の宴という公的な場で、額田王と大海人皇子が行った掛け合いの歌と考えられています。

【参考文献】
「万葉の歌人と作品」(全12巻)(企画編集:神野志 隆光・坂本 信幸)(和泉書院)