2月5日(土)、コラボ談話室「信じることの喜び、安らぎ」(話題提供:犬塚俊夫さん )を開催しました。参加者は12名。犬塚さんは、駅で手を握られながら階段を下りる幼児の親への信頼、一生の財産とも言える若い頃からの友人との信頼関係(友情)、一見希薄に見えるママたちの学校を通じた交流と信頼など、いろいろな信頼がある。海外ボランティアで長期滞在したイスラム・ヒンドゥー・仏教の国では、人々は貧しいけれども、自然との関わりや“社会的な信頼の仕組み”としての宗教の中で幸せそうに暮らしている。アラーを信じる若者の一途さや、信者が寺で一斉に唱えるお経の響きには、心打たれるものがある。こんな経験を通じて、近頃大切だと感じるようになった「信じること」について語りあいたいと話しました。そのあと、次のような談話が続きました。
30年前に滞在したインドネシア(「あのとき借りた金を返したいが」と今頃メールしてきた、強盗に入られた時の裁判で「あなたの宗教は?」とまず尋ねられた)は、信じることが大切な国だと思った/シニア海外ボランティアを終えてから行った四国の遍路は信じることを求める旅だったか/信じることは喜びと思ってきたが、ネット社会化で確証のない人と付き合うようになってから信じることに臆病になっている/「信じる」とは「信じ始める」こと、まず自分が相手を信じることから始まる、だから全員を信じようと思っている/戦時中は日本は絶対勝つと信じさせられた/コーランも読経も同じに聞こえる点で宗教は共通しているのか?
亡くなった家族に祈りながら心の安らぎを得るし、死んだら家族に会えるかもという希望がある/教会や寺に行くとまわりの人と波長が合う、年をとると宗教的な場が必要と思う/8人兄弟なので菓子も8等分したが、母親はまだ家に帰っていない子どもに一番大きい菓子を残そうと言っっていた(家族への信頼)/人を信用して裏切られることがあっても自分が悪かったのでは?と思う性格/いろいろな人がいるけど、まず「受け入れる」ことから始めたい/米国から帰って驚いたのは、「取ってください」とばかりに後ポケットに財布を入れて歩く若者(社会への信頼)/信じられない人や場からは離れればいい(学校・職場のある若い人は難しいが)/信用できないけど上手に生きる人をだれか裁いてくれないか/上手に生きる人は信用されないから友達が少ない(裁かれている)
信じるには、人を信じると自分を信じるがあり、自分を信じられる人は自立している。自立しているかどうかの指標は友達がどれだけいるか(自立した人には人がついてくる)/日本人は「返報性(お返しの気持ち)」が高く、これによって海外で尊敬される/「好き・好きでない」によって「人を信じる・信じない」ように気をつけたい/好きと信じるは関係が深く、①信じる②信じないと③好き④好きでないの掛け合わせで、Love①③、Respect①④、Like②③、Hate②④の4象限ができるか/信じられない人の中にも信じられる部分はある/信じられる・信じられないは、人によっても異なる/欲が絡むと人間関係(信頼関係)も変わる/神に向かっているようで、自分を見つめ・一新されて歩み出している/行動規範としての宗教の役割がこれか
最後に犬塚さんは、神を信じることもあるが、まず宗教的なコミュニティに行くと心地よく、まともな価値観や行動規範を教えられる。このような場が特に高齢者に必要では?と結びました。
次回の予定は次のとおり。
●と き:3月5日(土)10〜12時
●ところ:2階 集会場
●テーマ:「わたしの心の歌&曲」(話題提供:山本茂さん)
子どもの頃によく聴いた歌、あの時・あの人を思い出す懐かしい曲、つらい時に励まされる歌詞やメロディー。私たちは音楽に囲まれて育ち、誰もが“心の歌やテーマソング”をもっています。音楽はもう一人の私かもしれません。そんな心の歌や曲を持ちより、お茶を飲みながら話しましょう。
(やまもと)