A=BとはAとBが同じであることをあらわしています。
しかし、どうみてもAはAで、BはB、形も発音も別物ですから、これは無茶な話です。
ではいったい式A=Bは、AとBのどこの何が同じと言っているのでしょうか。

同じとか違うとかについて考えてみました。

※同じだけど違うという話
 たまたま入った寿司屋がとてもおいしかった。で、次の日も連チャン。今度はおいしくなかったので、正直に大将に「今日は不味い」と言ったら、「おかしいな、昨日とネタは同じですよ」と返された。
(味を忘れた寿司屋)
 ※違うけれど同じだという話
 あこがれの女性の誕生日にバッグをプレゼントしたが、受け取ってもらえなかったのでワンランク上のバッグに変えた。それでも受け取ってもらえなかった。 (僕ってモテない君)

両方ともとんちんかんな笑い話ですが、それなりの意味を含んでいます。大切なのは、「概念のくくり方」なのです。同じとか違うとかを考えるのはその後なのに上の話は逆転しています。ですから本末転倒になって、話が進みません。

神は細部に宿るといいますが、「概念のくくり」を意識するとき大切なのが、誰にもわかる大きな違いより、よくわからない微妙な≠です。私の経験では、その微妙さの中に人それぞれの個性や価値観が秘められていることがとても多いのです。そこにこだわったおかげで今もつき合いが続いている友人を得たことがあります。

教育関係の人に多く見られますが、「生徒も自分も同じ人間だ。話せばわかる。いや私がわからせてあげる」と言うタイプ。悪い人ではないのですが、気づきの少ない固い人、鬱陶しい印象の人です。人間Aと人間Bはどう考えても≠ですから、=で接してこられたら鬱陶しいことこの上ありません。
「概念のくくり」は無数にありますから、同じ話をしているつもりでも、微妙に≠が混じっています。そこを蔑ろにせず、心の奥において人様と接しなければいけません。

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