「モッタイナイズムのながら族」 兵庫県猪名川町 多伎 亘(仮名・65歳)

(写真は兵庫県猪名川町の田園風景)——>
2011年2月7日
「モッタイナイズムのながら族」
兵庫県猪名川町
多伎 亘(仮名・65歳)

 私が勤めていた会社では定年退職の際、社内報に、「顔写真と今後の抱負」が掲載さるのですが、大勢の方が同時に掲載されるので、この抱負欄には字数制限がありました。趣味のことを書こうとすると、字数が多くてはみ出してしまいました。そこで、仕方なく簡略して、「心は趣味〝滑登Ba走カら絵音〝」、と書きました。

 同僚から、「何? あの暗号は?」とか、「あれ呪文?」、と訊かれたので、「あれは、『かっとばそうからかいおん』と読み、滑はスキー、登は登山、Baは野球バットの素振り、走はジョギング、カはカラオケ、らは創作落語、絵は絵画(油彩)、そして音は音楽(管弦楽鑑賞)、気持ちは既にこれ等の趣味にシフトしているという意味だ」、などと説明しました。

 自分自身、少し趣味が多過ぎると思うのですが、これは単に的を絞れないからです。すべての趣味が中途半端になるといけないので、「歳と共に減らそう」、と思うのですが、これがなかなか絞れません。「なぜ絞れないのか?」。おそらく、「モッタイナイズム」があるからでしょう。

 生まれ育ちが貧乏だったので、どうしても「もったいない」が心の片隅に潜んでいます。高度経済成長で生活に余裕が出てくると、今まで出来なかったことを何でもやってみたくなったのと、会社での職務が営業関係でしたので、どなたにでも話せるように見聞を広めたい気持ちがあって、趣味が増えました。しかし、これを減らすとなると、「折角ここまで培ってきたモノをここで無くすのはモッタイナイ」、となってしまうのです。

 定年後、本社の文書集配室でパートとして勤めていた頃、通勤途上のバスの中で英単語を覚えようとしていましたが、なかなか覚えられず駄洒落にしてノートにメモって覚えていました。そのうちノートがいっぱいになり、「折角考えついた駄洒落が自分だけのモノではモッタイナイ」、と思って、170語の英単語を各々4〜5行の漫才コントにして一冊の本にしました。

 親しい後輩に提供したところ、意外と受けたので調子に乗って、2460語の英単語を同様に漫才風に400頁の、「爆笑英単語」という本にして自費出版し、親しい友人に配ったところ、多くの方から、「市販すれば!」、と言われました。ある自動車販売会社の営業社員の方からは、「何冊作られても買い取りますよ。お客様に売れば喜ばれますので」、と言われましたが、親しい人に喜んでもらうことが目的で作ったので断りました。

 この本の噂を聞いて、近くに住む小学校の校長先生から要望があり、4冊を提供したところ、うち1冊は小学校の図書室の閲覧用として使っていただいております。この本も、「モッタイナイ」から作ったモノです。

 最近、自宅近くをよくウォーキングしていますが、これも、「自分だけ元気になっても」と、ウォーキングコースに地図やイラスト、歩数、写真、漫才コント、史跡紹介などを織り込んで、「きんりん・ウォーク」と題し、自治会長の任期中に、シリーズで自治会の内部で回覧しました。

 自治会長退任後、25コースを1冊の本にまとめ、7自治会で構成する「まちづくり協議会」の役員の方をはじめ、学校や町役場の主だった人などに配ったところ大変好評でした。この方たちの中には、大学教授、元高校の校長、外科医の方もおられ、ご愛読いただいております。小学校では、教頭先生が、「副教材として使うよう教員に指示し、回覧しました」、と言って下さいました。これもやはり、「モッタイナイ」から作ったモノです。

(写真は兵庫県猪名川町総合公園展望台からの眺め)—>

 現在執筆中のモノとしては、約1800枚のMDレコード盤に収録したクラシック音楽4000曲余りを作曲家別に整理した個人用の作品リストを、ほかの人にも利用していただこうと改訂しています。作曲家と作品に3ランクの知名度マークを記し、250名の作曲家の略歴と似顔絵を書き、作品それぞれに演奏時間も書き入れております。

 付録には、100曲の交響曲と50曲の弦楽協奏曲、そして50曲のピアノ協奏曲を独断でランク付けして添付しています。題名は、「クラシック音楽のファンになりたくて」。これも自分だけでは「モッタイナイ」から改訂して、クラシックファンの友人に配ろうとして、今作っているモノです。

 先日、小学校の校長先生が、「よくもまあ色々となさる時間があるわねえ?」、とおっしゃるので、「ながら族ですから」、と応えました。私が趣味を楽しんでいる時は、大概二つのことを同時に行っています。テレビを観る時は踏み台に乗ったり降りたりしています。鉄棒にぶら下りながら観ていることもあります。朝は寝床でテレビニュースを聴きながら、120回ほど腹筋前屈運動をしています。

 また、登山で10時間も歩くと退屈するので、ヘッドホーンで音楽を聴きながら歩きます。昔よく流行った、所謂(いわゆる)「ながら族」です。山へは歴史小説持参なので、電車に乗っている時や本数の少ないバスの待ち時間も退屈しません。自宅のトイレでは、大の方をしながらの髭剃り。

 私が担当する昼食作りと三食の食器洗いは流し台の位置を変え、部屋側に向けたのでテレビを観ながらでき、日曜大工はラジオを聴きながら。日課のスーパーへの買い物と無料のミネラル軟水を汲みに行くのは、リュックを背負ってのウォーキングを兼ねています。

 まだまだ、「ながら」はありますが、集中せずに物事をする私を見て、いつも女房が嘲笑の眼で見ているような気がしてなりません。最近は、シニア・ピアノ教室に通い始めました。ピアノの練習だけは、「ながら」は無理です。この〝滑登Ba走カら絵音〝は、相互に関連し合っているから残ったのです。以前はまだまだ沢山趣味がありました。

 この関連とは、例えば雪山は危険だから、冬はスキー。登山の足を鍛えるためにジョギング。高い山では腕や指も使うので、バットの素振りや鉄棒。仲間たちと山小屋で泊まった時は仲間を退屈させないようにと落語を一席。油絵に感情が入っていないと無機質な図面のようになるので、登山や音楽で心を養います。 えっ! カラオケ? ああ、あれは自分独りで楽しんでいると女房に逃げられそうなので、女房へのお付き合いです。(了)