「瀬戸内の島 六口島」(岡山県倉敷市児島諸島)

(写真は倉敷市下津井港より舟で南西15分、六口島の象岩)–>
2010年6月4日
「瀬戸内の島 六口(むぐち)島」
(岡山県倉敷市児島諸島)

 2010年6月5日−6日開催の香川県断酒会一泊研修会(高松市)の前日、倉敷市児島の西、瀬戸内に面した小高い丘にあるペンションでハーブ料理を楽しむのが当初の計画だった。一泊の宿を申し込んだが、当日は法事のために臨時休業とのこと。ペンションの奥さんが、彼女の実家である六口島の民宿を紹介してくれた。

 瀬戸中央自動車道・児島インターチェンジから高速道路を離れ、標識に従って下津井港に向けて走っていると、やがてつづら折りの長い下り坂が海に向かって続く。途中、瀬戸大橋を上目使いに眺めながら港へと急いだ。目指すは瀬戸内に浮かぶ小さな島、六口島。

 民宿の方が目印として教えてくれた岡山県漁連の白い建物を見つけ、海岸近くにある民宿指定の駐車場に辿り着いた。時刻は午前10時過ぎ。まるで真夏のようで、日差しが強かった。民宿に電話を入れると、これから舟で迎えに行くとの返事。やがて、小さな漁船が桟橋に横付けになった。

 私とカミさんはキャビンへ入り、手荷物を座席に置いた。小さな漁船の舵を握るのは民宿のご主人で、島までおよそ15分で着くという。舟が走り出すとカミさんがご主人にいろいろと話し掛けた。「客はあんたたち二人だけ、島も貸し切りや」、と冗談で応えてくれた。この船は、朝夕の定置網漁に使うとのことだった。

 やがて、目的の島に着いた。港には岸壁がなく、小さな漁船が十数隻桟橋に繋がれている。二隻の小舟の甲板を渡って桟橋に降りた。港の近くに入母屋造りの民家が一軒あった。住民はその民家と民宿二軒の関係者だけという。野菜を作る畑に沿って小路が続き、丘を越えると目の前に瀬戸内の絶景が広がった。

 民宿の正面が砂浜。夏は海水浴客で賑わうという。まさしくプライベートビーチ。島にはクルマはなく、街灯もない。もちろん自動販売機もない。医者もいない。緊急の場合は、対岸の下津井まで船で行くという。

 私たちが泊まる民宿の入り口に生け簀がある。ヒラメ、コウイカ、コブダイ、カワハギ、ボラ、サザエや多くの巻き貝などなど。左側が畳敷きの大広間。海水浴客が食事をしたり休憩する場所で、子どもたちが昼寝をしたり走り回るにはちょうどいい。夏の浜辺で見かける海の家だ。奥に続く通路を抜けると横幅の広い階段があり、二階には家族用の部屋が四部屋ある。私たちが泊まるのは二階で、二部屋用意されていた。

 手荷物を部屋に置いて階段を下りてくるなり、宿のばあさんが話し掛けてきた。先ず、風呂を勧めてくれた。そして、歓迎の挨拶から始まったが、その後が止まらない。島の案内から始まり、家族の話、東京にいる孫の話やら、さらに京都の竜安寺近くに住み、歯科医院を営む常連客のことまで。その京都の客は、明日の朝島の沖で船釣りを楽しむ予定だとか。

 日常は家族三人だけの暮らし。ばあさんにとってはカミさんが格好の話し相手になった。カミさんは丁寧に相槌を打っていた。そして、「腹も減ったやろうから、大広間でお昼の用意を用意するから」、と告げた。私はお風呂をいただくことにした。建物の奥を出て急な坂道を登り、右へ折れると風呂場がある。石垣の隙間から小さな岩ガニが出たり入ったりしていた。

 浜辺からは、遠く離れた北側には煙突の立ち並ぶ水島コンビナート、左側の西は善通寺市の海に突き出た半島が望める。島の沖へ出ると、東側に瀬戸大橋が見渡せる。島の西端には象岩がある。象を後方から眺めた姿にそっくりで、天然記念物。昨年の台風で流木か漂着物の塊で鼻の先が折れたとのこと。

 大広間には二人の先客がいた。うち一人は紙パック入りの焼酎を飲んでいた。紙パックには、“ひげ”と書かれていた。カミさんと四人で雑談していると、髭の男性が、「よかったら一献、どうぞ」、と勧めてくれた。即座に、「飲めないんです。悪しからず」、と断った。「人生の楽しみの半分が無いようなものですね」。髭のオトコは残念がったが、これといって羨ましくも何ともなかった。

 やがて、宿のおばあさんが昼の膳を運んできてくれた。メバル、カワハギの肝とコウイカの刺身、オシタシとお味噌汁、お漬物などなど。ご飯は食べ放題。特筆すべきは味付けのり。ここの宿の特製で、この春の一番摘み、二番摘みの海苔で作ってある。真黒だ。

 味も食感も絶品で、市場に出荷せず、お得意さんだけに届ける幻の商品だ。もちろん毎年注文してくる民宿の常連客もいるそうで、その際は地元の野菜も詰め合わせるとのこと。

 水島の沖では貨物船が一列に並んでいた。水島の造船所や工場への納品で沖待ちする船だ。太陽が西に傾き始め、潮が満ちてきた。浜辺では鵜が海に潜って魚を獲っている。鵜は鵜匠の操る縄に繋がれて魚を吐き出す鵜しか見たことがないが、この島の鵜は魚を飲み込み放題。

 腹いっぱいになるまで繰り返し海に潜る。突然鵜は飛び立って、右手の岩場の陰に消えた。知らなかった、鵜は飛べるんだ。宿のご主人によると、近年野性の鵜がめっきり増えたそうだ。

(写真は六口島沖から東方にある瀬戸大橋)——>

 夕方、午後四時を過ぎる頃、真っ赤な太陽が海にゆっくり沈んでいく。沖の海が金色に輝いている。彼方の空には雲があり、残念ながら水平線に沈む瞬間は見ることができない。私たちが生まれた奈良は内陸県で海がない。島の人にはいつもの夕日だろうが、私にとっては潮の匂いを楽しみながらの夕日は文句なしに絶景。

 瀬戸内の夕景を楽しみながら、二人っきりの食事が始まった。夕日は沈み、西の空が真っ赤に染まる。沖ではボラが跳ね、鵜が何回も海に潜って餌獲りを繰り返す。世間からかけ離れ、ゆったり流れる時間の中で新鮮な魚介類の献立が有り難い。

 宿のばあさんがコーヒーを用意してくれた。明日の朝六時に港に行ってくれという。知り合い数人が海釣りに行くので、私を乗せるため港に立ち寄ってくれるという。おばあさんが私の楽しみを覚えていてくれた。夜、何度か小用で屋外に出たが、残念ながら期待していた満天の星は見られなかった。

 翌朝五時、食事が始まった。ベーコンエッグ、焼き魚、焼き卵、お漬物とお味噌汁、そして民宿特性の海苔。卵かけご飯に海苔を腹いっぱい食べた。宿のおばあさんが魚釣り用のゴム長を用意してくれた。食事が終わり、丘を越えて港に向かった。やがて迎えの船が来た。私は手を振って応えた。

 私は優雅なクルージングと沖釣りを期待していた。てっきり大型のプレジャーボートが迎えに来るのではと予想していたが、小さな漁船だった。釣り仲間数人の共同所有。私を入れて男が四人、女性が二人。女性のうち、一人がサングラスと恰好の好い帽子がよく似合う。漱石の坊ちゃんに登場するマドンナを想わせる。港から離れると、早速彼らの食事が始まった。

 遠くに瀬戸大橋と水島の煙突が見えてきた。波は静かでうねりがない。年上の女性が突然仲間に缶ビールを勧め始めた。直ぐに飲み始める人もいた。釣り場に着いてからは船頭以外全員がビールを楽しんだ。私も勧められたが、丁寧にお断りした。自身がアルコール依存症で酒はもう飲めないとは説明できなかった。辛かった。

 本日の狙いはキス。淡白な味でから揚げにすると絶品。天秤仕掛けの二本針、餌はアオイソメ。年上の女性は餌も触らぬ大名釣り。仲間が親切に、釣り方を指南しながら餌つけを手伝う。やがて釣り場に着いた。底まで十数メートルで根掛かりはない。私にも獲物が掛かったが名前も知らない外道が二匹だけ。遥か彼方には瀬戸大橋が小さく見えた。

 他の仲間は次々キスをあげる。瀬戸大橋を近くに眺めながらの場所でもキスは好調に釣れた。やがて潮が止まり、納竿となった。ついに、私にはキスはこなかった。やがて宿に戻り、宿のご主人に下津井港まで漁船で送ってもらった。カミさんと執り急ぎ本来の目的地、一泊研修が開かれる高松へと向かった。(了)