「あなたの早朝、どう過ごしていますか」

(写真:東京駅から見た早朝の丸の内の風景)————>
2011年8月25日
「あなたの早朝、どう過ごしていますか」

 25年前の1986年8月、39歳の私は9月1日付けで東京支社への転勤を命じられた。お盆休みは埼玉県草加市への引っ越し準備と子どもたち二人の転校手続きで休むどころではなかった。

 日本橋本町の東京支社への通勤は、東武伊勢崎線の「松原団地」から地下鉄日比谷線の「小伝馬町」を利用した。東京の混雑は凄まじいとは聞いてはいたが、体験した通勤地獄は予想以上。当時の日本はバブル景気のまっただ中。

 暑さが残る9月の中旬、このままでは堪らんと、いつもより1時間ほど早く自宅を出ることにした。お陰で車内は新聞が読めるほど余裕があった。「小伝馬町」に着いたのはいいが、どこへ行けばよいのやら。駅周辺をウロウロした後、とりあえず喫茶店に入った。コーヒーを一口味わうと、やがて手持ちの本を読み始める。およそ30分ばかり休んだ後、勤務先へ向かう。

 勤める会社は自動車メーカーで、輸出部門の中東・アフリカ地域を担当していた。当時、中東・アフリカの産油国はオイルマネーで潤い、取引のあった商社は商用車や乗用車の受注活動を活発に展開していた。受注台数が多過ぎて、生産が追い付かない時期もあった。自動車を生産する側としては、商社より現地の最新情報を入手して、その都度生産計画を見直す必要があった。

 そんな頃、ある商社と商談の際に聞いたのだが、社屋ビルの上層階にスポーツジムがあるという。定期検診で太り過ぎと診断された社員はジムに通い、体力づくりに励む。翌年の定期検診の結果が努力の成果として評価される。もちろん、それ以外の社員も自主的にジムへ通うことができる。

 ある日、私は総務部の女性から、「英会話の講座を始めたので、一緒に勉強しませんか」との誘いを受けた。当時、海外向け自動車の輸出を担当していたので、英会話のスキルアップは必要条件であった。講座は週に2回、社内の会議室で開かれる。参加者は10名ほど。教えてくれるのは米国の女性講師。

 講座では、ホテルのロビー、ホームパーティー、病院の待合室など、特定の場面を想定したロールプレイングスタイルで日常会話を学ぶ。私たち生徒は、立ったり坐ったり、そして歩き回ったりの演技をしながらの授業。最初のうちは戸惑った。慣れてくると、各人に余裕が生まれ、ジェスチャーに笑いが起こることもあった。若い頃覚えた単語と慣用句を駆使して、様々な表現方法を学ぶことができた。

 この講座は午後6時に始まり、8時半頃に終わる。途中15分の休憩がある。しかし、この時メンバー同士の会話に日本語は使えない。女性講師が会話の内容を笑顔で聞いているが、彼女が会話の中に入ってくることもあった。ただ、そんな楽しい講座にも問題が一つあった。

 それは、メンバーによっては、その日のうちに終わらせなければならない仕事があって、どうしても講座に参加できない場合があった。そんな時、例え講座の時間が短くなったとしても、早朝に開催できたならと思った。総務部長に開催時間の変更を申し入れたが、女性講師の都合で早朝の英会話講座は実現しなかった。

 ところで、皆さんはどのように早朝を過ごしておられるのか。こんな小さな興味があったので、2010年11月6日付け朝日新聞の、「<be report>日本の朝が変わってきた? 飲食も勉強も婚活も・・・」から、「朝用」に登場した今風の新しいサービスや商品を次に紹介させていただく。

★★★・・・
「朝活」がブームだ。みんな早起きをして、ランニングに、ヨガに、読書会に、英会話の勉強に、と忙しく活動している。その機運に乗じた商品やサービスも花盛り。一風変わった朝の光景が見られるようになってきた。(大嶋辰男)・・・(中略)・・・
●朝ホテル
 時間単位で部屋を借りるサービス「デイユース」。午前5時、6時から利用
できるホテルも出てきている
●朝飲み
 朝、シャンパンを飲むことを「朝シャン」といい、朝食のサービスに提供する
ホテルが増えている。『東京朝呑み散歩』(三才ブックス)も出版された
●朝カレー
 大リーグのイチロー選手が朝食に食べていること、カレー食が健康にいいと
話題になったことにハウス食品が目を付け商品化
●朝大学
 大学とは別もの。勉強会、セミナーに「朝大学」というネーミングをつける。
東京・丸の内の「丸の内朝大学」が有名
●朝婚活
 結婚情報サービス会社などがイベントを主催することも。仕事が忙しい若い
会社員の間では、通勤前の「朝デート」も
●朝映画
 1年間を通して往年の名作50本を見る「午前十時の映画祭」がヒット中。
第2弾の興行も予定
●朝ラーメン
 朝からラーメンを食べることを「朝ラー」と呼ぶ。福島県喜多方市、静岡県
藤枝市にあった習慣が広まり、朝から開業するラーメン店が増加中・・・★★★

(写真は新宿駅東口の風景)———>
 この新聞記事を読んだ時、現役を引退した団塊世代の一人として、何やら不安に思うことがあった。マスコミの報道や企業の宣伝に触発されて、単なる好奇心や興味だけで新しいモノに飛び付く人たちの姿が目に浮かぶ。生活パターンの主軸を崩すことなく、自分にとって必要なモノ、良いモノだけを採り入れていく。歳を重ねると冷静に判断できるのだが。

 東京勤務の頃、仕事を終えて東武伊勢崎線の浅草駅から乗車した時のこと。サラリーマン風の男性がレジ袋を持ってシートに座っていた。夕暮れの始発駅なので乗客はまばら。やがて、レジ袋から缶ビールとおつまみを取り出した。男性は2缶を飲み干して眼を閉じた。仕事の疲れを癒しながら、長時間電車に揺られて自宅まで帰るのか。

 当時の住宅事情はこうだった。都心に近く、職場まで1時間以内で通勤できる一戸建て庭付き住宅の購入は、一般サラリーマンにとっては高嶺の花だった。郊外に一戸建てを求めるとしたら、通勤に2時間は覚悟しなければならなかった。家族のために生活環境を優先させるのか、通勤や日常生活の利便性を優先して都心に近いマンションを求めるのか。

 生活環境を優先したサラリーマンは、早朝に自宅を出る。しかも、毎日が決まった時刻に終わらない長時間労働。果たして新聞記事にあるような、朝用の飲食を楽しみ、勉強会やセミナーに参加するだけの余裕があるだろうか。サラリーマンにとって自分の意のままに使える時間は朝しかない。「東京の朝」に参加できるサラリーマンはまだ幸せと感じる。

 少子高齢化で若い世代の人口が減り、しかも暗い世相の現代社会。何とか新たな活路を見つけたい企業とすれば、個人が自由に使える朝の時間に注目し、新しい消費スタイルと朝用商品を提案して販促キャンペーンを展開するのは当然だ。余裕のある経営資源を有効に使い、さらなる業績向上に必死な企業側の思惑が目に浮かぶ。

 地方の小都市で、還暦も過ぎた団塊世代の一人として一日々々をゆったりと過ごしている。早朝の冷気を思いきり吸いこんで、新聞を取りに玄関を出る。やや西の中空に月が浮かんでいる。朝のコーヒーを飲みながら新聞を読んでいると、やがて窓の外が明るくなり、その日の始まりを健康で迎えられたというチッチャナ歓びを感じる。そこには、何かをしていなくてはという急き立てられるものはない。

 立秋が過ぎたとはいえ、6時を過ぎると夏の日差しが強くなる。従って、近頃は5時前から散歩に出掛けることにしている。すでに多くの方が散歩を楽しんでいる。何も考えず、周りの景色を眺めながらただ歩くだけ。ときたますれ違う人に「オハヨウゴザイマス」の挨拶で、若い頃の信州の登山道を思い出す。散歩の途中、あらためて我が身の健康に感謝することがある。(了)