『社会のために役立ちたい』(その1) <新しい生きがいを求めて>

(写真は大阪中之島のビジネス街・大阪市北区中之島2丁目)—–>
2011年11月14日
『社会のために役立ちたい』(その1)
<新しい生きがいを求めて>
 「兵庫県川西断酒会 岩井 弘」。これが、いつも持ち歩く私の名刺である。58歳で会社を辞めた。その後、ハローワークで新しい職を探したが、経験を活かせる仕事は見つからなかった。いつでも新しい仕事は見つかる、とタカを括っていた。アルコール依存症は、飲酒のコントロールが利かなくなる病気である。新しい職に就かないまま、過度の飲酒でアルコール依存症になり、断酒会に入会した。あれから3年半が経つ。

 しかし、私の名刺が、いまもってこの一枚だけ。地域とつながって、何かの役に立ちたいと思いながらも、なかなか踏ん切りがつかない。地域のために何ができるのか。私にはどんな技能や能力があるのか。とにかく、人に感謝されるようなことをしたい。その証としての名刺をもう一枚、と願う。

 ところで、プロボノと呼ばれる社会貢献がある。長年仕事で身につけた専門的な知識や技能を社会のために役立てる、新しい形のボランティア活動。プロボノに参加する人たちの職業も、金融や広告、研究職、さらにマーケティング、システム開発、広報などなど。これまでボランティアとは無縁と思われてきた職業に従事する人たちに、新たな社会貢献の動きが広まっている。

 プロボノとは、「Pro Bono Publico」を略した英単語で、ラテン語を語源とする形容詞。直訳すると、「公共のために」であるが、実際の意味は、「公益のために無償で仕事を行う」ことを指す。各分野の人たちが、仕事で培った知識や技能を生かして社会貢献するボランティア活動。または、それに参加する人たちのこと。

 日本のNPOを運営する人たちは、志は高く、思いも深い。しかし、資金や人材など、準備不足の状態でNPOを立ち上げる例が多い。このような日本のNPOの特質を考えれば、受益者であるNPOが、プロボノから受けるメリットは大きい。プロジェクトを通じてプロの仕事に触れることで、そのノウハウをNPOの内部に取り込めるからだ。

 一方、専門的な知識や技能を提供する人たちにとっても利点は多い。先ず、自分たちの職能を生かせるうえ、空いた時間を有効に使えるために参加しやすい。また、NPOのプロジェクトを通じて新しい人脈ができ、NPOの活動内容を勉強できることも意義深い。さらに将来、NPOでの成果が本業にフィードバックされる可能性もある。

 ところで、プロボノが新しい社会貢献として広がっていくのは素晴らしい。しかし、裏返して言えば、日々の職場での問題が背景にあるからだろう。勝ち組や負け組、さらに生き残りや勝ち残り。まるでサバイバルレースのように、何かに追われるようにして働いている。仕事がより専門化、複雑化する中で、職場の仲間でさえ競争相手に感じることもある。

 自分の仕事って社会に役立っているのだろうか。働くことの意味に疑問を抱きつつ、多くの人たちは、仕事に対するより確かな手応えを求めている。そんな時、プロボノという仕組みに巡り合い、仕事で身につけた知識と技能を役立てたいとNPOに奉仕する。

 プロボノとしてNPOを手伝って、「ありがとう」、という言葉を聞いた時、職場では味わえなかった喜びや達成感に浸ることができる。このように、ヒトとしての生きがいや働きがいを見つけ出そうと、新しい形の社会貢献が広まった。

 そこで、「誰かの役に立ちながら、自分も成長できるのでは」と考えて、仕事で身につけた技能や知識を生かしたボランティア活動で新たな生きがいを見つけ、今の仕事にもプラスになったと喜ぶ人たちを、次に紹介させていただきたい。

(写真は御堂筋沿いのビル・大阪市北区梅田3丁目)—–>
『名刺をもう一枚①』
<やりがい 社外にも>
(2011年2月8日付け朝日新聞より引用)

 「プロボノ」という言葉を最近、耳にすることがある。仕事で培った専門的な知識や技術を社会のために役立てる、ボランティア活動を意味する。米国で、弁護士が法律知識を生かした活動を始めたのが、草分けとされる。日本でも都市部を中心に広がり始めている。

 外資系の不動産投資会社で働く東京都の土屋章子さん(37)は2009年12月、働く人と市民活動を取り持つNPO法人、「サービスグラント」(東京)の説明会でプロボノを知った。「誰かの役に立ちながら、自分も成長できるのでは」と考え、「お手伝いさせて下さい」と申し出た。

 まもなく、サービスグラントからメールが届いた。不妊体験者を支えるNPO法人、「Fine」(東京)という団体がある。そのホームページ(HP)には体験談が満載だが、構成が複雑で情報にたどり着くのが難しい。それを改善してほしい、という。Fine代表の松本亜樹子さん(46)は、「貴重な情報が多くあるのに、うまく伝えられていない。それを整理するために、プロの力をお借りしたかったんです」、と話す。

 10年8月の夜、Fineの事務所に、プロボノとして応援することを決めた20〜30代の男女6人が集まった。リーダーの土屋さんのほか、編集者やウェブ制作者など職種は様々で、会社もバラバラだ。「体験者の声をもっと上手に伝えられるはず」。「行政や病院、学会の取り組みを積極的に発信したい」。そんな声に耳を傾け、土屋さんが進め方をまとめる。ホテルの経営計画を立て、達成に向け取り組む会社での経験が生きた。

 メンバーが顔を合わせるのは月に1〜2回。普段はメールで連絡を取り合う。報酬はゼロ。関わる時間は一人ひとりが決める仕組みだ。3月の完成に向け、睡眠時間を削って作業するメンバーもいる。土屋さんは、「一生懸命な人と出会い、その役に立てること、信頼しあえることは、想像以上にうれしいことでした」、と振り返る。

●仕事の知識で社会貢献、プロボノで達成感
 東京都の会社員、小川宏さん(47)も、プロボノにやりがいを感じている一人だ。07年秋、小川さんは悶々としていた。大手電機メーカーから子会社に出向し、閉塞感に覆われていた。「30人の部下を抱える部長から不本意なポストへの異動で、プライドはずたずたでした」。

 「マイクロソフトでは出会えなかった天職」。米マイクロソフトの幹部だった米国人ジョン・ウッドさん(47)が、会社を辞めてNPO、「ルーム・トゥ・リード(RTR)」を設立。高い年俸を捨て、途上国の子どもたちに本を送る活動に取り組む姿が描かれていた。

 会社へ向かう地下鉄の中で、同い年の米国人が困難を乗り越えていく姿に、小川さんは涙がとまらなかった。「こうしちゃいられない」。小川さんは日記にそう書き、RTRが都内で開いた催しで、協力を申し出た。

 「経験を生かして協賛企業を増やしてほしい」と頼まれ、終業後に都心の企業を訪れて、企業が寄付することの意義を丁寧に説いた。飲食店の協力で、ビール1杯の値段から100円を寄付してもらい、途上国へ本を送るイベントも開催した。「法人営業の経験を生かすことができ、認められた、と思えた」、と小川さんは話す。気分転換にもつながり、仕事にもプラスという。

 小川さんは08年、スリランカに小学校を建ててもらおうと、RTRに250万円を寄付した。校舎の隅に、一人息子の名前を刻んでもらった。「息子が仕事で挫折をしたら訪れてほしい会社の外にも居場所を見つけた父親の姿を思い出してもらいたい」。

 RTRの日本支部では、専従職員は1人だけで、小川さんのような約100人のプロボノらが業務を担う。会議は月に数回程度。メールの交換が活動を支えている。小川さんは2種類の名刺を持ち歩く。片方は勤務先の会社名、もう片方はRTRの名前と役職が記されている。仕事で身につけた技能を、職場の外で誰かのために役立てたい・・・、そんな思いを実践する人々を、各地に訪ねた。
(小室浩幸)

<引用資料>
●日経BPネット(2010年2月19日付け)
「プロボノ−職能を生かす新ボランティア」
●NHK クローズアップ現代(2010年7月1日放送
「プロボノ−広がる新たな社会貢献のカタチ」